飼い猫 チムと花子のお騒がせ日記
プロフィール

のぶちょめ

Author:のぶちょめ
■のぶちょめ:
酒と音楽と猫をこよなく愛する道楽娘
一応 事務社員

(バンドのHPは http://mesukinoko.web.fc2.com/ )
 
■チム ;2011.11.27 逝去しました
♂ 享年12歳 
白黒模様
高校の帰り道に友達と拾った野良猫。
はじめて我が家に来た猫
甘やかしすぎたため、ぶくぶく太ってしまい今は立派なデブねこ、
噛み癖は直らず。
過去、十数万円した薄型液晶TVを後ろ足で蹴飛ばして
壊したことがある。

11歳になった今でもヤンチャ!!
最期の記事はこちらです

■はなこ ;
♀ 推定11歳 白猫マロ模様いつのまにか我が家に居ついた野良猫。前○の猫おばさんが育てていた猫だったが 我が家の庭が気に入ったらしく・・・
長年外で餌付けしていたけれど、あまりに人懐っこいので家猫にしてしまった・・・
超ツンデレな女の子

※我が家に来た経緯

にくきゅう
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あまりに突然であまりに壮絶な死に方でした。
最終的な病名は「心筋症」人間でいう急性心筋梗塞みたいなものです。

夜中に父が見ている横で突然イスから落ちたチム。足が痙攣し、嘔吐したそうです。
突然の発作に慌てふためく父母、そこへ丁度アヤが帰ってきて、夜間動物救急病院に電話をかけまくりました。
空いていたのは川口の某病院で、車の中で酸素ボンベでチムに空気を送り続けて病院まで行きました。
私はそのころ音楽のイベントで何も知らずに酒を飲んで踊り狂っていました
昼すぎに母からメールで「胸の水も減っているし、チムは元気です」と連絡があったので安心して出かけていました。しかし私はイベントでヘンな酔い方をして嘔吐して、旦那がうちに私を運んで寝かせてくれていたところでした。アヤちゃんから電話を受けた旦那と状況を理解した私は深夜3時、急いで病院に向かいました。

そこには酸素を送られながらケージの中で横たわるチムがいました。
チムは様々な薬を打たれて意識はもうろうとしているものの、私やアヤの顔、そして大好きな母を苦しそうにじっと見ていました。
容態が悪くなったのは3時半過ぎ、血栓をとかす注射を打たれていたせいもあり、口から吐血しはじめました。
チムの目もおかしくなり、血液以外も口から出始めました。
夜間救急のお医者様から、もう容態は良くならないことを告げられ、
その時私たちは初めてチムがもうすぐ死ぬことが分かりました。涙をだらだら流しながら旦那に電話し、
車に待機してた旦那が最後にチムを見ました。目が合ったそうです。
そのあとチムは痙攣し、これ以上施しようがないと言う医者がチムをケージから出して大きな診察テーブルに乗せ、
その時2週間以上ぶりにエリザベスカーラーとチューブを抜かれた生身のチムを家族で撫で撫でしながら
チムは静かに息をひきとりました。

涙が止まらない私たちは待合室で話しました。 
「胸水が溜まる病気が治りかけていたのに」「東大病院の予約とっていたのに」
「なんで今日チムは突然死ななきゃならなかったのか?」
本当に実感のないまま、綺麗になったチムの遺体を家に持ち帰りました。
まだ暖かいチムの身体。チムは本当に眠っているようでした。
ペットの火葬屋に電話し、午後2時に来ることになったので
朝7時、チムの遺体を真ん中にして2時間くらい仮眠をとりました。夢の中でチムが出てきてまだ生きていました。
私たちは起きてからもずっとチムを撫でていました。サバトラ柄から真っ白になっている可愛いお腹はまだ暖かいのです。母は驚いて「生きてるんじゃないか?」といいましたが、可愛い顔や可愛い肉球はもう冷たく固くなっていました。段ボールにチムを入れて、チムの大好きな白いぬいぐるみ「ぷくぷく」を抱かせてやりました。
大好きだったチムのサバトラ模様の毛を少しだけ切って記念に取っておくことにしました。
最後に母が花を添え、ペットの火葬屋さんがやってきて、すごく丁寧に火葬してくれました。
家族全員で骨を拾い、骨壺に入れ、これで全てが終わりました。
骨壺は玄関に軽い祭壇を作って、一番写りがいいチムの写真と、ぷくぷく、首輪等と一緒に置いてあります。

普段休日でも忙しい父がその日は偶然にも予定がなかった。私も泥酔して布団に寝かされていたのはチムに呼ばれたからだったのだろうか?「早く来て!」って思いが通じたのか?土日の家族全員がいる日を選んで逝ったチム。
東大病院の予約を取っていたのにその前に死んでしまった。チムは東大病院に行ったら入院して大好きな家にずっと帰れないってわかっていたのかもしれない。大好きなこの家のお気に入りの場所で最後の直前まで居たかったんだね。そして5から6時間は苦しんだけれど突然逝ってしまった。生きていたら後遺障害で足がマヒしていたかもしれない。歩けなくなっていたかもしれない。全部わかっていたのかもしれない。
チムは一番私たちに迷惑をかけないで死んでいった。
ただ私たちはもっと迷惑をかけていいからもう少し生きていてほしかった。

大好きなチム。高校1年の時、学校の帰り道で友達と拾ったネコ。衰弱して死にそうだったところを母が懸命にミルクあげたりやオシッコを出したりして育てて元気になったチム。母になついて、いつも母から離れなかった。
あまりにも可愛い顔をしているから私たちは甘やかして太らせてしまった。噛み癖もあったし、壁や障子も破壊してヤンチャな猫だった。でも夫婦喧嘩の仲裁に入ったり、人の心が汲み取れる猫なんじゃないかと思ったこともあった。家族が一番暗かった時期に来て、私たち家族はチムのおかげて明るく前を向いていくことができた。
ここに幼少期からの写真載せてます↓
チム昔の写真

↑新規ウィンドウで見てください。
【チム動画】youtubeメスキノコ動画の下にあります。

最後の最後まで可愛かったチム。
チムが死んで数日、私たちは「こうすればよかった」「ああすればよかった」とお互いを、自分を責め続けた。
私は本当に狂乱してしまった。数か月前から治療している精神的な病気も悪化した旦那はそんな私に
「今どんなに悔やんでも、半年後チムが死んだとしても悲しみは変わらない。最後にチムと目があったときに、チムは有難うって言ってたと感じた。」と言ってくれて少し気が休まった。

猫友だちでもある近藤さんの電話もありがたかった。ちとせちゃんはチムに花を贈ってくれた。
一緒にチムを拾ったさっちゃんからも「こんなに大切に今までチムを育ててくれてありがとう」と言われた

後悔はやっぱり残るけれど、チムはみんなから愛されて、幸せな猫だったんだ


11年間ありがとう チム! 大好きだよ!本当に大好きだよ
天国でいっぱいフミフミして、いっぱい「ぷくぷく」抱きながらゴロゴロしてね。
忘れないよ。
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さようならチム
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長文失礼しました。
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